本当に、ゲノム創薬は功を奏しているのだろうか?
最近、治験では、「将来のために」ということで、患者さんの血液を採取して、「ゲノム解析」のためだけに、調査を追加している治験もある。
けれども、それはあくまでも「今後の研究のために」であり、即、治験のデータ解析に使います、というものではない。
ヒトのゲノムが全て解析された2002年の頃、僕たちのような多少なりとも「創薬」に絡んだ仕事をしている人たちは、「まぁ、それはそれで進歩だけれど、全ゲノムが解析されても、それが来年にでも新薬の開発に繋がることはまず、無いだろうね」と思っていた。
でも、一般の人、特に自分や家族が遺伝子関連の難病の方たちは、「すぐにでも、この病気を治してくれる新薬」を期待していた。
でも、残念ながら、僕たちの科学は、まだ、そこまで進んでいない。
それは、2002年でも、2012年でも、大差がない。
ここに興味深い、小文がある。
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「創薬研究の難しさ」
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●「創薬研究の難しさ」
以下、引用。
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軽々しく新薬開発などと言うのは問題だと,杉村隆国立がんセンター名誉総長に話したら「西村君,気にする事は無い.あれは短歌の枕詞の様なもので,誰も本気にしていないよ.」と言われたのを思い出す.
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そうなのだ。
これが、本当のことを知っている科学者の本音だ。
さらに引用。
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これまでの何十年にも亘る生化学,分子生物学の研究が基礎となって,画期的な新薬が沢山生まれた事は事実であるが,だからと言って,そのペースでこれからも新薬が生まれるであろうか?
ゲノム創薬とか,分子標的治療,トラスレーショナルリサーチ,オーダーメイド治療などと,キャッチフレーズは流行っていても,実際にそのような研究が画期的な新薬に結びついた例は少ない.
がんの領域で言えば,ヒト慢性骨髄性白血病に対するグリベック位である.
創薬研究は総合科学である.
すなわち,ターゲット分子の同定,それを標的とするin vitro 評価系の確立と化合物のスクリーニング,最適化合物の有機合成,薬理動態の研究,実験動物を用いた副作用の研究,遺伝子改変マウスなどを用いた薬効の確認など,一連の研究を緊密な連携の下に遂行することにより,初めて臨床開発への候補品が選ばれる事になる.
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がんの分野の新薬と言えば,大鵬薬品の白坂哲彦博士を中心として生まれたS-1が挙げられる.
何十年にも及ぶ地道な,且つ執念とも言うべき研究の成果である.
これは所謂分子標的薬では無い.
やたらと流行を追うので無く,各人が自分の研究を地道に進めて行けば,その内のどれかが,何時か新薬の開発に結びつくのでは無いだろうか.
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そのとおり!なのだ。
どんなに科学が発展しても、基本は、「地道な研究」なのだ。
そんな地道な研究の末に、臨床に上がってきた新薬の卵のデータを治験で集める、それは、まるで「非科学的」な「モニタリング」に頼っている。
GCPをまともに知らないモニター。(そんな人が全てとは言わないが)
日常診療の片手間に治験をやっている臨床医。(そんな人が全てとは言わないが)
システマチックになっていない治験の手続き。
ヒエラルキーと力関係が未だに残る「医師」と「モニター(製薬会社)」。
それでいて、新薬の開発費の80%を占める「金のかかる治験」。
接待を要求する医師。(そんな人が全てとは言わないが)
鉛筆で予めCRFにデータやコメントを記載し、それを医師になぞらせるモニター(製薬会社)。(そんな人が全てとは言わないが)
僕は時々、自分の無力感を感じる(そりゃそうだ。それが事実なのだから。)
それは、何故かと言えば、ゲノム創薬だろうと、抗体医薬品だろうと、最後は「力任せ」の治験に頼らざるを得なく、モニター、CRC、治験責任医師、治験事務局、という人たちの絶えざる努力でしか、治験が成り立たないからだ。
EDCだろうが、リモートSDVだろうが、e-CTDだろうが、最終的にはそれに関係する「人の質」に頼っている。
そういう人たちの質を上げる方法は「研修」でカバーできるのだろうか、と考えてしまう。
でも、「きっと、無理だ」と思っていると、仕事にならない。
「ゲノム創薬」が、まだまだ、発展途上だと知っていても、「患者の苦しみ」のためには、僕たちは前進するしかないのだ。(どちらに進めば、それが「前進」なのかさえ定かではないが。)
科学はどんなに発展しても「万能」ではない。
そして、そんな科学を発展させるのが、人間の力と知恵だ。
いつまでも泥臭い治験でいいのだろうか?
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