2012年05月17日

糖尿病の治療(2)

経口血糖降下薬(OHA: oral hypoglycemic agent)は、2型糖尿病において血糖値を正常化させることで慢性合併症のリスクを軽減させる目的にて処方される薬物の総称である。

1994年までは米国でも使用できた薬物はインスリン分泌促進薬のみであったものの、2008年現在、日本ではインスリン分泌促進薬、速効型インスリン分泌促進薬、ブドウ糖吸収阻害薬、インスリン抵抗性改善薬という4種類の薬物が入手可能である。



インスリン分泌促進薬としてはスルホニルウレア剤 (SU薬)、速効型インスリン分泌促進薬としてはフェニルアラニン誘導体、ブドウ糖吸収阻害薬としてはαグルコシダーゼ阻害剤 (αGI薬)、インスリン抵抗性改善薬としてはビグアナイド剤 (BG薬)、チアゾリジン系誘導体(TZD薬)が知られている。

また最近、ペプチジルペプチダーゼ4 (DPP4) 阻害剤という新しいジャンルの治療薬が登場し、期待を集めている。



1998年イギリスでUKPDSという大規模比較試験が行われて以来、糖尿病慢性合併症予防目的にてこれらの薬は用いられている。

特にインスリン分泌が残存している2型糖尿病のインスリン非依存状態において有効である。

2型であっても、重篤な感染症の様にインスリン需要の多いとき、清涼飲料水ケトアシドーシス(ペットボトル症候群)の様に分泌を上回るブドウ糖摂取があるとき、周術期や妊娠などはインスリン治療が必要である。

BG薬やαGI薬による境界型糖尿病の糖尿病型への進展予防効果が報告されている。

日本では2009年10月にαGI薬のひとつ、ベイスンが、糖尿病発症予防の保険適応を取得している。




●インスリン分泌促進薬、SU薬とその関連薬

抗生物質の開発中、副作用の低血糖が起きて、薬効が発見された。

1950年代から使用されている。


開発された順に第一世代、第二世代、第三世代と分類される。

第一世代にはトルブタミドなど薬理学的には重要な薬物も含まれているが、近年新規に処方される薬は殆ど第二世代と第三世代なのでそれらを表にまとめた。



作用機序としては膵臓のランゲルハンス島β細胞のSU受容体のSUR1サブユニットに結合しATP依存性Kチャネルを抑制することによってインスリン分泌を促進させる。

SUは経口投与可能であり、肝臓で代謝される。

おもな副作用はインスリン過剰分泌による低血糖である。

したがって交感神経機能が障害されている患者、意識障害がある患者、低血糖を認識できない高齢者、低血糖に対して適切に対応できない患者は慎重投与する必要がある。

また、グリベンクラミド及びグリメピリドは活性代謝物の腎排泄性が高いために、糖尿病性腎症の進行に伴う腎機能低下により、遷延性の低血糖を起こしやすい。

したがって、腎機能低下が認められた場合、代謝物の活性が低いグリクラシドやミチグリニドカルシウム水和物、超持続型以外のインスリンの自己注射への変更を考慮していく必要がある。



SU薬は基本的にはインスリン基礎分泌を促進する薬であるため食前に低血糖を起こしやすく、インスリン追加分泌を促進しないため食後高血糖のコントロールが困難になりやすい。

このためHbA1cといった平均値のみで効果判定を行うとコントロール良好であったにも関わらず心筋梗塞といった大血管障害が起こる可能性がある。

インスリン分泌を高めることは同化反応を亢進させ、体重増加を起こしインスリン抵抗性を悪化させることもある。

これも空腹時低血糖により過食となり食事療法が乱れた場合との区別が難しい。



第三世代のアマリールは従来のSU薬が持つインスリン分泌作用のほかインスリン抵抗性改善作用があると考えられており、副作用による体重増加が少ない。

そのため、空腹時低血糖による食事療法の乱れなども発見しやすく好まれる傾向がある。



2008年現在SU薬は軽症糖尿病の場合はあまり用いられなくなっている。

重症糖尿病の場合は高血糖の持続がβ細胞の破壊という糖毒性を起こし、またインスリン抵抗性の悪化よりSU薬の効果がなくなる二次無効という現象が知られている。

日本の場合、緩徐進行1型糖尿病 (slowly progressive IDDM) が多いため、抗GAD抗体測定といった精査が必要だが、2型糖尿病で二次無効ならば多剤併用療法を考慮する。

空腹時低血糖を起こしやすいため、そのような時間帯に悪心、強い空腹感、倦怠感、発汗、震えを感じたら食事療法関係なく、糖分の補給が必要であることの説明が必要である。

αGI併用時はブドウ糖を補給しなければ低血糖の治療にならないことに注意が必要である。

空腹時低血糖は意識障害を招くだけでなく、虚血性心疾患や網膜症を増悪させる可能性がある。

かつての大規模比較試験UGDPではSU薬と虚血性心疾患の危険についての指摘があった。

1976年、米国でSU薬のひとつであるトルブタミド(ジアベン)が心血管疾患による死亡率を増大すると報告された。

この研究に対して批判も多かったが、その後クロルプロパミド(ダイアビニーズ)、グリベンクラミドなどをもちいたいくつかの研究でその結果が確認されている。

SU薬が、膵β細胞だけでなく心臓の動脈(冠動脈)にも作用し、心筋梗塞などの経過に悪影響を与えることが原因とする説がある。

この考えにもとづくと、グリメピリドやグリニド系の薬剤は心臓に作用しにくいことがわかっているので、これらはこの観点からは安全な薬剤と考えることもできる。

あまり知られていないが、UKPDS34ではメトホルミンとSU薬を併用することによって心血管イベントのリスクが増加するという指摘がある。

大血管障害は食後血糖値が増加するといった血糖値の大きな振れが影響しているという説もあり、決着はついておらず次の大規模比較試験の報告によって解釈は変わりうることに注意が必要である。

糖尿病患者が心筋梗塞といった大血管障害を起こした場合、その原因が原疾患のコントロールの悪さによるものか、薬の副作用によるかは厳密には区別ができず、少なくとも医療過誤ではない。

ガイドライン上も積極的に血糖値をコントロールすることが合併症の予防には効果があるとされている。




●速効型インスリン分泌促進薬、フェニルアラニン誘導体 (グリニド系)

フェニルアラニン誘導体 (グリニド系) はSU構造は持たないもののSU薬と同様膵臓のランゲルハンス島β細胞のSU受容体(SUR1)に作用し、インスリン分泌を促進させる。

食後は吸収が悪くなるので食直前に内服する。

5-15分で薬効を来たし数時間で作用消失する。

この早く効いて、早く効果がなくなるという点がSU薬と大きく異なるところである。

食後血糖降下薬ともいわれ、SU薬がインスリン基礎分泌の促進、グリニド系がインスリン追加分泌の促進と考えられている。

インスリン療法の超速効型インスリンと中間型インスリンの対応に似ているが、SU薬とグリニド系の併用は保険診療上認められていない。

なお、ナテグリニドは活性代謝物の腎排泄性が高いために、糖尿病性腎症の進行に伴う腎機能低下により、遷延性の低血糖を起こしやすい。



●ブドウ糖吸収阻害薬、αグルコシダーゼ阻害剤 (αGI薬)

アルファ・グルコシダーゼ阻害薬 (αGI薬) は食物性糖質の1000倍も親和性の強い糖質類似物質(アナログ)である。

糖質が吸収されるためには澱粉のような多糖類から消化酵素の作用を得て二糖類(麦芽糖や蔗糖)、単糖類(ブドウ糖や果糖)に分解される必要がある。

その酵素、α-グルコシダーゼを阻害し、消化吸収を緩徐にすることで、血糖の上昇をおさえるので、食後過血糖改善薬ともいわれる。

これらの薬物は血糖値の食後のピークを減少させ、食事とともに摂取すると有効であるが食事以外の高血糖の治療には有効ではない。

鼓腸、膨満感、腹部不快感、下痢などの副作用がよく報告される。

これらの原因は消化されずに腸管にのこった糖類が醗酵し発生するガスによるものである。


αGIの継続的な使用によってこれらの副作用は軽減していく傾向がある。

しかし炎症性腸疾患の患者では禁忌である。腸閉塞様症状に至る場合もあり糖尿病性神経障害で消化管蠕動障害がある場合は留意する。

体質的に、肝障害を来す例があるので肝トランスアミナーゼの定期的な観察を行う。

肝障害は薬物の中止とともに可逆的に改善する。

αGIに体重増加作用はないため、食事療法の妨げにならない。

少量から開始し、体を慣らしていくことで、消化器症状によるQOL低下を防止できる。

αGI薬の使用中に低血糖が発現したときは、澱粉や蔗糖では血糖上昇に時間が掛かるのでブドウ糖や清涼飲料水に砂糖の代用に使われているブドウ糖果糖液糖を低血糖の処置に用いる。




●インスリン抵抗性改善薬、ビグアナイド系 (BG薬)

肝臓に作用して糖新生を抑え,筋肉での糖の取り込みを促進、さらに腸管でのブドウ糖吸収を抑制すると考えられている。

詳細な作用機序は不明であるが、分子標的はAMP依存性プロテインキナーゼ(AMPPK)と考えられている。

インスリン抵抗性改善薬であるので、体重は不変から減少傾向となり、食事療法の妨げにならない。

かつて副作用である乳酸アシドーシス(乳酸ピルビン酸が蓄積しやすくなるため)に対する懸念からあまり用いられることはなかった。

しかし、実際は乳酸アシドーシスの頻度は低いことが英国でのUKPDSでの再評価によって判明した。

乳酸アシドーシスを起こしやすい病態、すなわち、肝障害、腎障害、心障害の既往がある患者には使用をさける。



塩酸メトホルミンが主流である。

塩酸ブホルミンは塩酸メトホルミンに比べて薬効が低く、乳酸アシドーシスを起こしやすいといわれている。

2008年現在、インスリン抵抗性のある患者に広く使われるようになりTZDとの合剤も海外では販売されている。

その他の問題点は軽度の胃腸障害であるが、これは一時的なもので少量から開始し、ゆっくりと漸増すれば軽減できる。

発熱時、下痢など脱水のおそれがあるときは休薬する。ヨード造影剤使用の際は2日前から投与を中止する。




●インスリン抵抗性改善薬、チアゾリジン系 (TZD薬)

ペルオキシソーム増殖剤応答性受容体γ (PPAR‐γ) 作働薬やインスリン抵抗性改善薬とも呼ばれる。

核内受容体のひとつであるPPAR-γに結合し、インスリンの抵抗性を悪化させる様々な因子の転写調節をする。

主として末梢組織のインスリン抵抗性改善にあたる。有効性及び安全性に性差を認め、女性で浮腫を来し易い一方で、小用量で血糖降下作用を見る事が多い。

脂肪細胞に作用しブドウ糖の取り込みを増やす事で血糖が低下する。

その代わり肥満を助長しやすくなる。塩酸ピオグリタゾン(商品名:アクトス)だけが現在、国内で上市されている。

最初に商品化されたトログリタゾン(商品名:ノスカール)は肝障害の死亡例が相次ぎ、その原因の一つとして肝臓での薬の代謝に関わるグルタチオン抱合酵素GSTT1とGSTM1の変異が重なると特に副作用の発症率が高い事が示された。


類薬ではトログリタゾン程の肝障害は報告されていないが留意して使用するのが望まれる。


副作用として浮腫や貧血を合併することがあるが、腎でのインスリン感受性亢進のため、Naの再吸収を促進するためだといわれている。

脂肪細胞を分化誘導する一方で骨芽細胞の減少により骨折のリスクが増加するのではないかと云われている。

副作用に浮腫があるために心不全の既往がある患者には禁忌となる。

浮腫が出現しなくとも効果が出ると体重が増加する傾向があるため、食事療法のコントロールに気をつける必要がある。

大血管障害の既往を有する2型糖尿病患者に対して、心血管イベントの発症の抑制、およびインスリン治療の導入を遅らせるという欧州での成績がある。




●ジペプチジルペプチターゼ(DPP)IV阻害薬

消化管ホルモンでグルコース依存性にインスリン分泌を促すインクレチンの分解酵素のDPP-IVを阻害する事で、インクレチンの血中濃度を上昇させる。

その結果インスリン分泌が促進される。

GLP-1には胃排泄能低下作用があり血糖上昇が穏やかになり、インスリンを産生するランゲルハンス島β細胞の増殖を促すのでは無いかと期待されている。

低血糖の副作用が少ない。


▼シタグリプチンsitagliptin (MK-0431/ONO-5435) 米メルク社が開発。

腎排泄性。上気道感染症・尿路感染症の副作用が3%に見られたが、膵疲弊の軽減の結果かHOMA-βやプロインスリン/インスリン比の改善をもたらした。

151名の日本人患者による実薬偽薬間検討でもHbA1c 1.05%の低下をもたらした。

2007年、アメリカで販売を承認されている。

2009年12月11日、日本で上市された。(小野薬品工業からグラクティブとして、MSD株式会社からジャヌビアとして)



▼ビルダグリプチンvildagliptin (LFA237, Galvus)

メトフォルミンに比べて消化器症状が低く( m 43.7% vs v 21.8%)、ロシグリタゾンでは1.6kgの体重増加があったのに対してビルダグリプチンは1kg以上の体重減少があったとしている。

スイスノバルティス社から「エクアR」として発売された。




▼アログリプチン (SYR-322) 2型糖尿病治療薬としての第3相臨床試験において、1日1回の経口投与で、単独療法および2型糖尿病の主な治療剤であるメトホルミン製剤、チアゾリジン系製剤、インスリン製剤やスルフォニル尿素剤(SU剤)との併用療法において、プラセボと比較し、統計学的に有意差をもってHbA1cを低下させた。

武田薬品工業。



●開発中の糖尿病の薬


★ジペプチジルペプチターゼ(DPP)IV阻害薬

SK-0403 三和化学研究所

BI-1356 ベーリンガーインゲルハイム

ABT-279 アボット など



★SGLT阻害薬

Na + -ブドウ糖共輸送体(SGLT: sodium-dependent glucose transporter 2)は尿細管内腔にあり糸球体で、ろ過された原尿には血漿と同じ濃度含まれているブドウ糖をナトリウムと共に尿細管細胞内に再吸収する。

この蛋白のお陰で尿糖閾値までブドウ糖が外に失われずに済む。

尿糖を増やせば血糖がへる。

血糖が正常化すれば、膵でのインスリン分泌の負担が軽くなり、糖毒性が取れるのではないかというコンセプトで、SGLT阻害剤の開発が進められている。

同じ蛋白は小腸上皮粘膜細胞にあり 腸管からの糖の吸収に携わっている。

田辺製薬 T-1095

サノフィ・アベンティス AVE-2268

キッセイ薬品工業 KGT-1251

アステラス製薬 YM543などがある。



★フルクトース1, 6ビスホスファターゼ (FBPase: Fructose 1,6-bisphosphatase) 阻害剤

糖新生を妨げる事で血糖の上昇を抑えようと言う機序の薬品である。

メタベイシス社と第一三共が CS-917の開発を進めている。


★Aktリン酸化薬

インスリン受容体から細胞内に情報を伝達する経路にあるAkt(セリンスレオニンキナーゼ)のリン酸化により、インスリンに類似した効果が期待出来る。


★コレセベラム (colesevelam HCl)

脂質降下薬のひとつ、胆汁酸と結合しコレステロールの腸肝循環を妨げ排泄させるが、pleiotropic effectとして、インスリン併用2型糖尿病患者のHbA1cが0.5%程度下がり米FDAに承認申請。


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