2012年10月24日

治験責任医師が突然、治験を止めると言ったら?

●今週は治験にまつわる「あれこれ」です。


今日は(3)治験責任医師が突然、治験を止めると言ったら? です。


デーモン部長「あのさ、赤木くん。」

赤木「はい、なんでしょう?」

デーモン部長「治験責任医師から電話がかかってきて、突然、『お宅の治験をやめたいから、終了手続きに来て』と言われたら、どうする?」

赤木「ええっ? そんな時は、あわててリーダーに報告します。」

デーモン部長「そうだな。じゃ、リーダーが、『どういう理由で終了するなんて言い出したのか、聴いてこい』と言ったら?」

赤木「はい。すぐにその治験責任医師を訪問し、理由を聞き出します。」

デーモン部長「甘いな。すぐに、言ってはだめだ。」

赤木「どうしてですか?」

デーモン部長「簡単に治験責任医師が、こういう理由で止める、と言うと思う?」

赤木「はぁ。どうでしょう?」

デーモン部長「理由を聞き出すためのストーリーを考えてから、訪問するのだ。」

赤木「なるほど。ストーリーですか?」

デーモン部長「たとえば、こちからどういう質問をして、真の理由を聞き出すかを考えてから行動するのだ。」

赤木「はぁ。」

デーモン部長「どんな質問が考えられる? 俺が治験責任医師役をやるからちょっと、質問してみろ。」

赤木「まずは、担当直入に・・・・どういう理由で止められるか、もし、よろしかったら、教えて頂けますか?」

デーモン部長「うん。まぁ、いろいろとね。」

赤木「ひょっとして、こちらに何か、落ち度があったのでしょうか?」

デーモン部長「いや。別にそういうことはないよ。」

赤木「では、治験薬に不安があるとか、ですか?」

デーモン部長「そうでもない。」

赤木「急にお忙しくなられたのでしょうか?」

デーモン部長「う〜〜ん、そうとも言える。」

赤木「と言われますと?」

デーモン部長「いや、実はさ、別のメーカーから、同じ領域の治験を頼まれてさ。」

赤木「はい。それで?」

デーモン部長「でね、そのメーカーがさ、研究費をよその3倍出すから、他のメーカーの治験は止めて欲しい、と言ってきてさ。」

赤木「ええ〜〜!?って、そういうのありですか?(素に戻って)」

デーモン部長「そういうことだって、ありうる(素に戻って)。どうする?」

赤木「どうするって、うちも3倍、出しますか?」

デーモン部長「うちの予算で、できると思う?」

赤木「無理ですね。」

デーモン部長「無理だな。どうする?」

赤木「うちのほうが先に契約したのですから、という攻め方は?」

デーモン部長「最悪だな。」

赤木「う〜〜〜ん、そのメーカーの治験薬はどんな作用機序なのか、うちの治験薬とどう違うのか、どちらが世の中の役に立つか、クライテリアはどちらが多いか、どちらが患者のために使いやすいか・・・・というもろもろの情報を質問をして、とにかく、うちの治験薬のメリットを前面に押し出します。」

デーモン部長「まぁ、そんなところだな。」

赤木「はい。」

デーモン部長「だから、やみくもに治験責任医師を訪問するんじゃなくて、あらかじめ戦略を練ってから訪問する習慣をつけるのだ。」

赤木「はい。」

デーモン部長「それと、こっちのほうがもっと大事だけど、日頃から治験責任医師と信頼関係を構築しておくこと。」

赤木「そうですね。頑張ります。」


(経験談だったりして。)


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2012年10月23日

未来のモニター

●今週は治験にまつわる「あれこれ」です。


今日は(2)未来のモニター です。


EDCが広がり、電子カルテも普及し、やがてリモートSDVの時代になり、電子署名も確立し、きっと、そうこうするうちに、PCカメラも普及し、治験責任医師とはネット経由のテレビ会議で話をすますようになり、もう、モニターは出張ということが不要になる時代が来ることだろう。

一方で、やっぱり大事なことは 「直接のface to face」 だよね、という考えもありますが、それって本当?

実は以前は、僕もそう思っていました。

僕が今、勤めている会社は大阪にも支店があって、その支店の社員を対象とした研修のために以前は大阪によく出張していました。

だけど、「こういう研修ならテレビ会議形式でも大丈夫では?」と徐々に出張せずに、東京と大阪をテレビで繋ぎ、研修を行うようにしてきた。

たとえば、「知識伝達系」の「薬理学の基礎」等はテレビ会議でも大丈夫のはず、と考えたというわけです。

そんな時でも、ロールプレイとか、コミュニケーション系の研修(例えば「説得力をつける」とか)はさすがに面と向かってやらないと無理だと思っていた。

そう思っていたのだが、去年ぐらいから、ひょっとしたら可能では? と思い、やり始めたら、これが意外と大丈夫。

最近は、全く出張しなくなった。

さらに、今では3極や4極を結んでの研修とか、グループワークでも4人は東京で、あと1人はそのグループの近くにテレビを持っていき、東京の4人と大阪の1人の5人でグループワークをやらせている。

これが、結構、大丈夫。


「直接のface to face」 でないと不可能だと思っていたのは、単なる先入観で、やってみればやれないことはない、ということが増えてきた。

大事なことは過去の前例にとらわれない、無理だと思わない、とりあえずチャレンジする、先入観を潔く捨てるという精神だ。


将来のモニターは端末を4、5台、自由自在に使い分けることができる、という、そういうスキルが要求されることでしょう。

あとは動態視力とか・・・・・・。




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2012年10月20日

ALCOA(アルコア)について、もう一度考える

●今週は治験にまつわる「あれこれ」です。

下記のことを今週は考えます。


(1)ALCOA(アルコア)について、もう一度考える

(2)未来のモニター

(3)治験責任医師が突然、治験を止めると言ったら?

(4)治験の問題点、治験の課題

(5)治験に貢献する方法



今日は、ALCOAについて。あるいは、ALCOA(アルコア)の問題点について。


ALCOAは以前も記事にしている。
  ↓
「データの信頼性をどのように確保するか?・・・ALCOAとは?」

あらためて、ALCOA(アルコア)について考えてみます。


ALCOAとは次の言葉の頭文字をとったものだ。

Attributable(帰属/責任の所在が明瞭である)

Legible(判読/理解できる)

Contemporaneous (同時である)

Original (原本である)

Accurate (正確である)



この概念はかなり浸透してきた。

これはもちろん、治験のデータの正確さと信頼性を確保、担保、向上させるために提言されているものだ。

FDAから提言されてね。

詳しくはこちらを見て。
  ↓
http://firstclinical.com/fda-gcp/?show=2005/r_RE%20ALCOA&format=fulllist

あるいは直接、FDAのサイトで「ALCOA」で検索してみよう。
  ↓
http://www.fda.gov/default.htm

2012/10/19現在、264の記事がヒットする。



ただ、このALCOAって、考え出すとキリがなくなり、「一体、どこまでを原資料というの?」とか「ポストイットに書いたメモも原資料?」とかなる。

ALCOAの問題点は、明確な定義が無い、ということだ。


あるいは、感熱紙で取得したデータを色があせなくなって見えなくなるといけないから、コピーを取る場合、「あれ?感熱紙にデータ確認者のサインがいるの?それともコピーをしたほうにサインするの? ひょっとして、両方にいるの?」とか。

もともと、日本人は真面目だからね。

こういう「思考の迷路」にはまりこんだら、「原則」「基本」にもどるとスッキリします。


何故、僕たちはALCOAが必要なのか? 

何故、アルコアの原則に基づこうとしているのだろう?

それはひとえにCRF(症例報告書)のデータが正確で信頼できるかを確認するためだ。

この一点に尽きる。


たとえば、CRFの「併用薬の使用無し」がチェックされていたとする。

ところがモニターが(或いは監査が、或いは総合機構が)原資料を色々と調べたら、カルテ(診療録)に「2012/09/12:花粉症のため次回来院より●●●を処方予定」と書かれていた。

すると、当然、それを見た人は●●●は処方されたのか、されないのか、が気になる。

もし、●●●が処方されていたならば、CRFに記載が必要だからね。

この場合、「CRFに記載が無いのだから、当然、併用薬の使用は無かったのだ」と考える人もいる。

そうかもしれない。

でも、投与が無かったのならば、「処方予定だった●●●は、治験実施計画書で「併用禁止薬」であることが判明したため、治験が終わるまで処方を延期する」の一文が、どこかに書かれていると助かる。

この一文をどこに書くべきか? という議論も起こりそうだが(何しろ、日本人は、几帳面だから)、僕は分かりやすい場所に記載されているなら、どこに記載があっても構わないと考える(何しろ、僕は、大雑把だから)。



たとえば、「処方延期」されたことがカルテにはなくて、看護師からCRCが聞いたとしよう。

それをCRCがカルテに記載することは普通できないから、CRCから治験担当医師にカルテに、その一文を記載するようお願いするのが一番、いいかなとは思う。

さて、ここで「今回の治験では併用薬については『カルテシール』(或いはワークシート)を原資料とする」なんていう規定が治験実施計画書なり、契約書なり、覚書なりで規定されていたとしよう。

するとカルテ(診療録)に「処方予定」と書かれていても、「カルテシール」の併用薬欄に記載が無いのだから、別に「処方延期」の一文は不要じゃないの?という考えもある。

この考えはカルテシールの「併用薬」の記載欄とCRFの「併用薬」の記載欄が一致しているのだから、「処方延期」の一文は不要でしょ、という考え方だ。

はい、それもあながち間違ってもいません。

でも、総合機構の担当官が実地調査した時に「覚書」でカルテシールが「原資料」ですから、カルテに「処方予定」と書かれていても、問題ありません、と言っても、多分、通じない。

誰だって、カルテに「処方予定」と書かれていたら、「どうなりましたか?」と聞きたくなる。(あなたが総合機構の立ち場ならどう? 僕なら絶対に知りたい。)

だから、こういう場合は律義に覚書でそうなっているからなどと考えずに、どこかにたとえば「カルテシール」でもいいし、「CRC手帳」(名称は何でもいいが)とかでもいいから、「投与延期になった旨、看護師のAさんより確認した。2012/9/15 サイン」と一文、あればいいのです。(もし「CRC手帳」に書いたならば、その手帳は保存をお願い致します。)



これをまた律義に「原資料との矛盾の記録用紙」に書いてくださいとモニターが頼むとなると、おおごとになって、書く、書かない、ということになりかねない。

ここはさ、協力しあっていきましょうよ。

たった一文でいいので、経緯が分かるようにどこかに(分かりやすところに)記載しておきましょう。

それだけでいいのです。

そうすることで、治験関係者全員(審査当局も含め)の貴重な時間が助かります、ということは、治験のスピードもあがり、ひいては患者に新薬を届けるのが速くなります。

そこを考えていきましょう。



ALCOAで大事なことは「これは新薬を待っている患者のためになるか?」という考え方です。

ALCOAで大事なことは「これでデータの信頼性は担保できるか?」という考え方です。

ALCOAで大事なことは「これでデータが正確であることが誰の目にも明らかとなるか?」という考え方です。


ただし、治験依頼者もやたらにカルテシール等を作るのはやめましょうね。

カルテシールは無くす方向で検討しましょう。

カルテに記載されていることを、また、カルテシールやワークシートに書くのは無駄ですし、転記が1回増えれば、それだけ転記ミスも増えます。

カルテシールを作ると、モニターはCRFとカルテシールの間の整合性を確認し、さらに、カルテシールと他の原資料との間の整合性を確認する、となって、何が何やら分かりません。

なんのためにやってるの? となります。

もし、カルテシールが無駄だと思ったら、医療機関側からも治験依頼者に言ってみましょう。

「このデータも、あのデータも、カルテや、こちらの原資料に記載されるので、このカルテシール、無駄ですよね?」と。

「既往歴はカルテの最初に書いてあるので、それをわざわざ、カルテシールの既往歴一覧に書き並べる必要はないですよね?」と。


ただ、こういうことができるために、まずは、治験依頼者も医療機関側もCRFのどのデータはどの原資料から拾ってくるのか、ということを事前に十分、検討しておきましょう。

要はCRFのもとになったデータがどこから来たのか、その原データは誰が書いたのか、それが分かるようにしておけばいいと思います。



治験をやっていて、一番、最悪なのは原資料、原データが無いということ(直接、CRFに記載するデータは別として)。

原資料、原データが無いということはデータの信頼性が無い、ということなので、これは一発でアウト!です。

原資料、原データが有るならば、それが感熱紙にサインがあろうが、コピーのほうにサインがなかろうが、まぁ、大丈夫です。


治験依頼者も総合機構の人が言ったひと言ひと言に過敏に反応しないことです。

総合機構の担当官だって同じ人間なのですから、興味本位で聞くことだってあります。

それが、あっという間に業界広がって、やみくもに、これも必要、あれも必要とか。

本当に、そうなの? という本質を考えるようにしましょう。

ALCOA(アルコア)の原則の基本は、データの正確さと信頼性を確実にするということ。

思考の迷路にはまったら、この基本に戻りましょう。




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ラベル:アルコア
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2012年10月19日

新薬開発におけるブレークスルー(クロマトグラフィーの発明。そして、これから・・・・)

10月9日に山中伸弥教授がノーベル医学生理学賞を受賞し、また、ノーベル化学賞では「Gたんぱく質共役型受容体」の研究者のロバート・レフコウィッツ米デューク大教授と、ブライアン・コビルカ米スタンフォード大教授が受賞したということで、今週のホーライ製薬のテーマは「新薬開発のブレークスルー」です。

これまでの科学の歴史の中で、何が新薬開発にとって、ブレークスルーとなったかを見ていこう、というもの。


■■■ クロマトグラフィーの発明(1906年) ■■■

クロマトグラフィー (Chromatography) はロシアの植物学者ミハイル・ツヴェットが1906年発明した、物質を分離・精製する技法。

物質の大きさ・吸着力・電荷・質量・疎水性などの違いを利用して、物質を成分ごとに分離する。

クロマトグラフィーは色(ギリシャ語で chrōma)を分けるといった意味合いを持つ。

これは、ツヴェットがクロマトグラフィーで植物色素を分離した際に色素別に色が分かれて帯ができたことに由来する。

たとえば「青色のサインペン」で厚めの紙に●を書く。

その厚めの紙の端を水につけると、水が徐々に紙の中を染みて広がっていくが、その水が青色の●に到達し、さらに広がると、ナント!青いインクの中から黄色や赤などの色が分離される、というもの。

自宅でも簡単に実験できるから、是非、やってみよう!(中学生の夏の自由研究みたいだ。)


クロマトグラフィーは、固定相または担体と呼ばれる物質の表面あるいは内部を、移動相と呼ばれる物質が通過する過程で物質が分離されていく。

移動相には気体、液体、超臨界流体の三種類が存在し、順に、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、超臨界流体クロマトグラフィーと呼ぶ。


これらのクロマトグラフィーは混合物から、ある化合物を単離する方法として抜群の効果を示す。

定量分析にも定性分析にも使用されるし、有機合成のプロセスの中で目的の物質を単離することにも使われる。

薬の研究は単離されることから始まる。

薬効を示す混合物から、ある化合物を単離し、薬効の本体を決める時にクロマトグラフィーが活躍する。

化合物は単離されて初めて分子式や構造式、科学的・物理的性質が分かり、合成できるようになる。

僕は大学4年生から院生の2年生までの3年間、ひたすら毎日、来る日も来る日もクロマトグラフィーで有機合成された化合物を単離していた。

そういう思いもあり、今回のテーマの最後にクロマトグラフィーを持ってきました。

クロマトグラフィーが無かったら、酸性の水溶液と有機溶媒の2種類の液体を1つの分液ロートで「ガシャガシャ」と振り混ぜ、そこから有機溶媒だけ取り出し、今度はその有機溶媒とアルカリ性の水溶液をひとつの分液ロートにいれて、また「ガシャガシャ」と振り混ぜ、そこから有機溶媒だけ取り出し、それを・・・・・と延々とやらないといけない。

そんな苦行のような作業から解放してくれるのがクロマトグラフィーだ。

「TLC」と言うと、一般の人にはアメリカ合衆国の女性音楽グループを指すけれど、僕にとっては「TLC」は「薄層クロマトグラフィー」(Thin-Layer Chromatography)なのだ。



・・・・・・ということで、今週は「新薬開発におけるブレークスルー」を見てきました。

もちろん、ここで選んだのは僕の独断です。

今週、紹介した以外にも次のような項目もブレークスルーとして考えていた。

●ビタミンの発見

●レントゲン写真の発明

●クロルプロマジンの発明(クロルプロマジンは統合失調症等の精神疾患の初めての薬。精神領域の治療方法の開発は重要。それまでは精神領域は悪魔か神の領域と考えられていた。それが人間が創った化合物で治せることが分かった。)

●有機合成方法の発展(グリニヤール反応のような人名反応等)

●受容体の発見

●抗がん剤の発見

●H.ピロリ菌の発見

●NMRの発明・核磁気共鳴画像法の発明

●マススペクトル(Mass Spectrum, MS) の発明

●たんぱく質などの質量分析を行う「ソフトレーザー脱着法」(田中耕一:ノーベル化学賞受賞)

●バイオインフォマティクスの発展

●シーズ探索⇒リード化合物⇒スクリーニング⇒非臨床試験⇒臨床試験(治験)⇒承認申請⇒製造販売後試験⇒再審査 というプロセスの発明

・・・・・・など等。

まだまだ、たくさんあるけれどね。

そういう、科学者の血の滲むような努力と忍耐と虚栄心と好奇心の塊としての数多くのブレークスルーが、今の創薬技術を支えている。

創薬は総合科学の世界。

これからも、多くのことが発見され、多くの物が発明され、それらがブルーくするーとなり、新薬の開発が行われる。

どんなものが発明されるんだろう?

どんなことが発見されるんだろう?

なんだかさ、ワクワクしない?

僕が生きている間に、どんなことが起こるのか、楽しみです。(でも、ちょっと寂しい。科学の極めを見られなくて・・・・・・。)




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2012年10月18日

新薬開発におけるブレークスルー(ペニシリン、ステロイド、ホルモンの発見)

10月9日に山中伸弥教授がノーベル医学生理学賞を受賞し、また、ノーベル化学賞では「Gたんぱく質共役型受容体」の研究者のロバート・レフコウィッツ米デューク大教授と、ブライアン・コビルカ米スタンフォード大教授が受賞したということで、今週のホーライ製薬のテーマは「新薬開発のブレークスルー」です。

これまでの科学の歴史の中で、何が新薬開発にとって、ブレークスルーとなったかを見ていこう、というもの。


■■■ ペニシリンの発見(1929年) ■■■

ペニシリンは、1929年にイギリスのアレクサンダー・フレミングによって発見された、世界初の抗生物質である。

発見後、医療用として実用化されるまでには10年以上の歳月を要したが、1942年にベンジルペニシリン(ペニシリンG、PCG)が単離されて実用化され、第二次世界大戦中に多くの負傷兵や戦傷者を感染症から救った。

以降、種々の誘導体(ペニシリン系抗生物質)が開発され、医療現場に提供されてきた。

1980年代以降、日本国内においては主力抗菌剤の座をセファロスポリン系抗生物質やニューキノロンに明け渡した感があるが、ペニシリンの発見はこれらの抗菌剤が開発される礎を築いたものであり、しばしば「20世紀における偉大な発見」の中でも特筆すべき一つとして数え上げられる。

フレミングの「ペニシリンの発見」とフローリー等の「ペニシリンの再発見」とそれに続くペニシリンGの実用化は感染症の臨床治療を一変させ、その功績によりフレミング、フローリー、チェインには1945年にノーベル医学・生理学賞が授与された。


これらを機に抗生物質の研究が爆発的に進んだ。

1990年頃には、天然由来の抗生物質(Antibiotics)は5000〜6000種類があると言われ、約70種類(微量成分を含めると約100種類)が実用に使われている。

この他にも半合成抗生物質も80種が利用されている。

Antibioticsの単語は、抗生物質の一種ストレプトマイシンを発見したセルマン・ワクスマン(ノーベル賞受賞)が1942年のアメリカ細菌学会で、二種の細菌が同じ場所に存在する際に生じる拮抗する現象(英語: antibiosis)を元に決められた。


抗生物質の分類は、化学構造からの分類と作用による分類の2つがある。

化学構造からの分類では、β-ラクタム系、アミノグリコシド系、マクロライド系、テトラサイクリン系、ペプチド系、核酸系、ポリエン系などに大別されるが、さらに細かくペニシリン系、セフェム系、モノバクタム系を加える場合もある。

作用からの分類では、抗細菌性、抗カビ(真菌)性、抗ウイルス性、抗腫瘍性などに分けられる。


ちなみに、僕は小学2年生の時に「リウマチ熱」という病気に罹患した。

この病気の原因は「溶連菌」なので、4年間、毎日、毎日、ペニシリンを服用していた。(味がまずい!という印象はいまだに残っている。)

リウマチ熱は溶連菌感染に基づく免疫的機序が原因とされる膠原病である。

この病気が悪化すると心臓弁膜症になるが、危うく、僕は助かった。

リウマチ熱が発症して、しばらく、僕は副腎皮質ステロイド剤を服用していた。

激しい運動も禁止され、体育の時間はいつも「見学」だった。

成人してからも、健康診断の問診票の既往症欄に「リウマチ熱(7歳)」と書くので、必ず医師から「心臓は大丈夫?」と聞かれた。

(もちろん、大丈夫で、ただし、今では毛が生えている。)

僕はペニシリンとステロイドに命を救われ、大学で与えられたテーマは「βラクタム環(ペニシリンの基本骨格)の合成研究」だったのは偶然。

ということで、次のテーマはステロイドです。



■■■ ステロイドの発見(1948年) ■■■

ステロイドは魔法の薬とも呼ばれていた時代がある。(今も、患者さんにとってはそうだろう。)

臨床適応は極めて多岐にわたり、全ての医療用医薬品において最も健康保険の適応となる疾患が多い医薬品である。

さらに適応外ではあっても、積極的に臨床応用されている疾患も多く、いわば「万能薬」的な存在ともいえる。

その適応症は湿疹・皮膚炎、虫刺されのようなありふれたものから膠原病・悪性腫瘍などの難治性疾患にまで及ぶ。

関節痛または関節炎、側頭動脈炎、皮膚炎、アレルギー反応、喘息、肝炎、全身性紅斑性狼瘡、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎とクローン病)、眼疾患(ブドウ膜炎)、サルコイドーシスの治療、そして、慢性原発性副腎皮質機能低下症、副腎機能障害など糖質コルチコイドの欠乏症の治療にも使われる。

また、副腎皮質ホルモンは、嘔吐の抑制剤としてしばしば5-HT3受容体拮抗型制吐剤(例えば、オンダンセトロン)と組み合わせて使われる。

我が家の次女はアトピー性皮膚炎があるので、ステロイド剤(外用)を常に使っている。

ステロイドに関する研究ではヘンチ、ケンダル、ライヒシュタインの三人の医師がノーベル賞を受賞した。(1950年)

エドワード・カルビン・ケンダルはコルチゾンの発見者として知られる。

ステロイド剤の広範な薬理作用は「免疫抑制」をベースに考えると分かりやすい。

「関節リウマチ」には、今では様々な薬があるが、ステロイドが特効薬だった時代が長い。

前述のフィリップ・ショウォルター・ヘンチらが1950年代、世界ではじめてステロイド(糖質コルチコイド)の一種であるコルチゾンという物質を治療目的で関節リウマチ患者に投与したのである。

これはまさに奇跡的な効果を発揮したと伝えられており、ステロイドの歴史は関節リウマチとともに始まったと言えるし、逆に関節リウマチの治療の歴史もステロイドとともに始まったのである。

ヘンチはこのことでノーベル生理学・医学賞を受賞している。

iPS細胞の山中伸弥も、臨床医(整形外科)だったころ、関節リウマチの患者の曲がった手の指を見て「基礎研究をしたい」と思ったとのこと。




■■■ ホルモンの発見(多分1895年) ■■■

セクレチンというホルモンがある。

作用は膵臓からの重炭酸塩の外分泌を亢進させる消化管ホルモンである。

塩酸を含むため酸性を帯びた粥状液が胃から送られてくることによって十二指腸の pH が低下すると分泌される。

27個のアミノ酸からなるペプチドホルモンであり、そのうち14個はグルカゴンと同じ配列を持つ。

1902年、血液によって運搬されて生理学的効果を及ぼす基質として初めて同定された。

この種の基質は「ホルモン」と名づけられ、セクレチンは最初に発見された1つとなった。

セクレチンを発見したウィリアム・ベイリスとアーネスト・スターリングによって命名された。

今では30種類以上のホルモンが発見されている。

そして、その多くが薬として使われたり、標的になっている。



副腎髄質より分泌されるホルモンのアドレナリンは1895年にナポレオン・キブルスキーによって初めて発見された。

これとは独立に、ニュージャージーの研究所にいた高峰譲吉と助手の上中啓三は1900年にウシの副腎からアドレナリンを発見し、1901年に世界で初めて結晶化に成功した。

アメリカ合衆国の研究者ジョン・ジェイコブ・エイベルはヒツジの副腎から分離した物質に「エピネフリン (epinephrine)」と名付けた。

アドレナリンは1904年にフリードリヒ・シュトルツおよびヘンリー・デーキンらによって独立に合成された。


エピネフリンはアドレナリンとは分子式の異なる物質であったが、高峰の死後に、エイベルは高峰の研究は自分の盗作であると主張した。

これはアドレナリン発表寸前に高峰がエイベルの研究室を訪問した事実を盾に取った主張であった。

それまでの実績が主として発酵学の分野で、こうした分野での実績に乏しい高峰が、研究に大きな役割を果たした上中の功績を強調せず、自己の業績として発表したことも、本当に高峰らの業績だったのかを疑わせる一因であったと指摘する考えもある。

しかし、後年、上中の残した実験ノートより反証が示されており、またエイベルの方式では抽出できないことも判明して、高峰と上中のチームが最初のアドレナリンの発見者であったことは確定している。

なお、上中が残した実験ノートは兵庫県西宮市の名刹・教行寺に保管されている。

本当に、昔から、科学の世界は熾烈な先陣争いが繰り広げられる世界だ。



現在ではアドレナリンもエピネフリンも同じ物質のことを指しているが、ヨーロッパでは高峰らの功績を認めて「アドレナリン」の名称が使われているのに対して、アメリカではエイベルの主張を受けて、副腎髄質ホルモンを「エピネフリン」と呼んでいる。

現在、生物学の教科書・論文では世界共通でアドレナリンと呼んでいるのに対して、医学においては世界共通でエピネフリンと呼ばれている。

「生体内で合成される生理活性物質」という捉え方と、「医薬品」という捉え方の違いからだが、日本では医薬品の正式名称を定める日本薬局方が改正され、2006年4月より、一般名がエピネフリンからアドレナリンに変更された。


ちなみにネットで「ホルモンの歴史」を検索すると「焼肉の歴史」とか「仙台ホルモンの歴史」というようなことばかりがヒットする・・・・・・・。



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