【がんの発生機序】
悪性腫瘍が生じるしくみについては様々な説明がある。
比較的多い説明というのは、遺伝子におきた何らかの変化・病変が関わって生じている、とする説明である。
では、その遺伝子の何らかの病変がどのように生じているのか、ということに関しては、実に様々な要素・条件が指摘されていて、研究者ごとにその指摘の内容や列挙のしかたは異なる。
数百年前に比べれば、かなり多くのことが判ってきてはいるものの、現在でも悪性腫瘍発生のしくみの全てがすっきりと解明されているとも言えず、研究者を越えて同一の考え方が共有されているとも言い難い。
発生機序について、どの説明でもほぼ共通して言及されている内容というのは、何らかの遺伝子の変化と細胞の増殖の関係である。
その説明というのは例えば以下のようなものである。
身体を構成している数十兆の細胞は、分裂・増殖と、「プログラムされた細胞死」(アポトーシス)を繰り返している。
正常な状態では、細胞の成長と分裂は、身体が新しい細胞を必要とするときのみ引き起こされるよう制御されている。
すなわち細胞が老化・欠損して死滅する時に新しい細胞が生じて置き換わる。
ところが特定の遺伝子(p53など、通常複数の遺伝子)に変異(=書き変わること)が生じると、このプロセスの秩序を乱してしまうようになる。
すなわち、身体が必要としていない場合でも細胞分裂を起こして増殖し、逆に死滅すべき細胞が死滅しなくなる。
ただし、数十兆個の細胞で構成されている人体全体では、実は、毎日数千個単位で遺伝子の病変は生じており、それでも健康な人の場合は一般に、体内に生じた遺伝子が病変した細胞を、なんらかのしくみによって統制することに成功しており(免疫やいわゆる自然治癒力)、遺伝子が病変した悪性のがん細胞が 体内にある程度の個数存在するからといって、必ずしも人体レベルで悪性腫瘍になるというわけでもない、ということも近年では明らかにされている。
一方で「全ての遺伝子の突然変異ががんに関係しているわけではなく、特定の遺伝子(下述)の変異だけが関与している」と述べたり主張したりする研究者もいるが、他方で、「発癌には様々なプロセスが関わっている」「がんに関与する因子ならびにがんに至るプロセスは単一ではなく、複数の遺伝子変異なども含めて様々な機構の不具合が関与する」とする研究者もいるのである(多段階発癌説)。
臨床の現場で「悪性腫瘍」と判断される段階に至るまでには、個々の細胞の遺伝子の変化以外にも、人体のマクロレベルで働いている機構(例えば、がん化した細胞を制御する免疫機構、広く自然治癒力とも呼ばれているしくみなど)が不具合に陥ってしまうことも含めて、さまざまな内的・外的な要因が複雑に作用している、とも指摘されているのである。
近年では大規模統計、疫学的な調査によって、人々の生活環境に存在する化学物質などの外的な要因や、その人の生活習慣など、様々な条件・要因が悪性腫瘍発生の要因として働いている、と分析されるようになっている(後述)。
また、今日では、最近研究が進んだエピジェネティック研究(*)も反映して、遺伝子のエピジェネティック変化が要因となることもある、と指摘されることもある。
このように悪性腫瘍の発生機序については、諸見解があるものの、いずれにせよ、そうして生じた過剰な細胞は組織の塊を形成し、臨床の場でも認識できるようになり、医師等によって「腫瘍」あるいは「新生物」と呼ばれるようになる。
そして、腫瘍は「良性(非がん性)」と「悪性(がん性)」に分類されることになる。
良性腫瘍とは、まれに命を脅かすことがあるが(特に脳に出来た場合)、身体の他の部分に浸潤や転移はせず、肥大化も見られないものをそう呼んでいる。
一方、悪性腫瘍は浸潤・転移し、生命を脅かすものをそう呼んでいるのである。
(*)エピジェネティックとは・・・・エピジェネティクス(英語:epigenetics)とは、クロマチンへの後天的な修飾により遺伝子発現が制御されることに起因する遺伝学あるいは分子生物学の研究分野である。
【がん発生に関与する遺伝子群】
現在、がん抑制遺伝子といわれる遺伝子群の変異による機能不全がもっともがん発生に関与しているといわれている。
たとえば、p53がん抑制遺伝子は、ヒトの腫瘍に異常が最も多くみられる種類の遺伝子である。
p53はLi-Fraumeni症候群 (Li-Fraumeni syndrome) の原因遺伝子として知られており、また、がんの多くの部分を占める自発性がんと、割合としては小さい遺伝性がんの両方に異常が見つかる点でがん研究における重要性が高い。
p53遺伝子に変異が起こると、適切にアポトーシス(細胞死)や細胞分裂停止(G1/S細胞周期チェックポイント)(*)を起こす機能が阻害され、細胞は異常な増殖が可能となり、腫瘍細胞となりえる。
p53遺伝子破壊マウスは正常に生まれてくるにもかかわらず、成長にともなって高頻度にがんを発生する。
p53の異常はほかの遺伝子上の変異も誘導すると考えられる。
p53のほかにも多くのがん抑制遺伝子が見つかっている。
一方、変異によってその遺伝子産物が活性化し、細胞の異常な増殖が可能となって、腫瘍細胞の生成につながるような遺伝子も見つかっており、これらをがん遺伝子と称する。
これは、がん抑制遺伝子産物が不活性化して細胞ががん化するのとは対照的である。
がん研究はがん遺伝子の研究からがん抑制遺伝子の研究に重心が移ってきた歴史があり、現在においてはがん抑制遺伝子の変異が主要な研究対象となっている。
(*)細胞分裂について・・・・細胞周期は、光学顕微鏡での観察に基づき、M期(M phase)と間期(interphase)に分けられる。
M期は連続した2つの過程、有糸分裂と細胞質分裂で構成される。
有糸分裂では細胞の染色体が2つの娘細胞にわかれ、細胞質分裂では細胞質が割れて2つの個別の細胞になる。
間期はその内容からさらにG1期、S期、G2期に分けられる。
1段階前の期間が適切に進行、完了すると、次の期間の開始が活性化される。
一時的にもしくは可逆的に分裂を停止した細胞は、G0期と呼ばれる静止期に入ったとされる。
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細胞周期【がん治療後の生活の質の向上】
がん治療後の最大の関心事は再発の有無であり、又は、がんが残っている場合にはその推移である。
このため、治療後も主治医による定期的な検診を受けて状況を正しく把握しつつ生活を再建していくことが肝要である。
がん治療は手術による切除などを伴うことが多く、治療後の生活は、例えば治療によってがんそのものは完治した場合であっても、大きく影響を受けることが多い。
がんができた場所によって治療により影響を受ける機能は千差万別であり、対処法もそれぞれに異なる。
一般に、切除などによって失われる体の機能をできる限り小さくし、失われた機能を補う手段を用いて、治療後の生活の質(QOL, Quality Of Life)を従来よりも向上させる努力が進められている。
術後は局所的な失われた機能そのものだけでなく、関連して周囲の障害や不自由さが生じることも多いので、それぞれにおいて必要なリハビリを行うことも重要である。
【日本人に多いがん】
長年に渡り、日本人の最も死亡率の高いがんは胃がんでした。
しかし禁煙、胃がんの治療成績がよくなったことや、生活スタイルの変化に伴い、死亡率の高いがんの種類も変わりました。
現在最も死亡率の高いがんは肺がんです。
1993年(平成5)に男性のがんで死亡率が最も高くなり、1998年(平成10)にはついにがん全体でも死亡率の第1位となっています。
また食生活の欧米化により従来は少なかった大腸がん、中でも結腸がんでの死亡が急増しています。
ただし、罹患率はやはり胃がんが高く、以前として第1位です。
次いで大腸がん(結腸がん及び直腸がん)、肺がん、肝がんと続きます。
男女別では、男性は胃がん、大腸がん、肺がん、肝がんの順、
女性では乳がん、大腸がん、胃がん、子宮がんの順になります。
女性の場合、女性特有のがんが罹患の1位に入っていることが大きな特徴といえます。
また、年齢による変化をみると、男性では40歳以上で胃、大腸、肝臓などの消化器系のがんになる人が多くなり、70歳以上では前立腺がんと肺がんになる人の割合が高くなります。
女性では、40歳代では乳がん、子宮がん、卵巣がんになる人が多いのですが、高齢になると消化器系のがんと肺がんの割合が増えます。
●●●【胃がんについて】●●●
胃癌(いがん、英Stomach cancer、独Magenkrebs:MK)は胃に生じる癌の総称。
広義の「胃癌」には以下の種類がある。
●胃粘膜上皮から発生した癌腫:狭義の胃癌
●上皮以外の組織から発生した悪性腫瘍:GIST・胃悪性リンパ腫など
【胃がんの疫学】
胃癌は中国、日本、韓国などアジアや南米に患者が多く、アメリカ合衆国をはじめ他の諸国ではそれほど顕著ではない。
2003年の日本における死者数は49,535人(男32,142人、女17,393人)で、男性では肺癌に次いで第2位、女性では大腸癌に次いで第2位であった(厚生労働省 人口動態統計より)。
かつて日本では男女とも胃癌が第1位であったが、死者数は年々減少している。
胃癌の発生過程でヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)による「慢性萎縮性胃炎」の関与が示唆されている。
2003年、世界保健機関(WHO)と国連食糧農業機関(FAO)による「食事、栄養と生活習慣病の予防」(Diet, Nutrition and the Prevention of Chronic Diseases) では、食塩の摂取は1日5g以下(ナトリウム2g以下)とされ、塩や塩蔵の食品は胃癌のリスクが上がることが起こりうるとしている。
厚生労働省による研究では、塩分濃度の高い食事を日常的に摂取する人たちは、そうでない人たちに比べて胃癌となるリスクが高いことが統計的に示されている。
【胃がんの病理】
組織型としては、ほとんどが腺癌(胃小窩や胃腺に分化する円柱上皮幹細胞から生ずる)であり、まれにガストリン等の内分泌細胞から生ずる内分泌細胞癌(=高悪性度カルチノイド)が発症する。
【胃がんの検査】
胃癌か否かを決定するのは原則として胃から摂取した細胞の病理検査である。
●画像検査
★上部消化管造影検査
いわゆる「バリウム検査」「胃透視」である。
内視鏡検査に先んじて、日本で開発・研究された検査であり、現在でもその功績から、多くの癌検診として広く行われている。
内視鏡と比較して安全かつ医師でなくても施行出来るため、集団検診で用いられる。
内視鏡で診断しにくいスキルス胃癌の発見に有効なことがある。
★上部消化管内視鏡
現在において最も確実な検査方法。
病変部の細胞を採取して診断できるため確実度が増す検査であるが、造影検査よりも費用高価・身体負担が多いため、集団検診には向いていない。
多くの医療機関・人間ドックで施行される。
【胃がんの病期】
胃癌の進行度は、以下に分類し、生存率がほぼ等しくなるようにグループ分けしたのが病期(Stage)であり、数字が大きくなるほど進行した癌であることを表す。
国際的にはUICC(International Union Against Cancer)のTNM分類が用いられるが、日本では胃癌取扱い規約による病期分類が広く使用されている。
画像検査による、臨床診断による病期診断が行われ、手術加療を行う場合には、手術結果によって最終的な病期診断(Final Stage)が確定される。
■■ 形態 ■■
肉眼的形態は以下のように分類される。
★0型 表在型 病変の肉眼的形態が軽度な隆起や陥凹を示すに過ぎないもの。
★1型 腫瘤型 明らかに隆起した形態を示し、周囲粘膜との境界が明瞭なもの。
★2型 潰瘍限局型 潰瘍を形成し、潰瘍をとりまく胃壁が肥厚し周堤を形成し、周堤と周囲粘膜との境界が比較的明瞭なもの。
★3型 腫瘍浸潤型 潰瘍を形成し、腫瘍をとりまく胃壁が肥厚し周堤を形成するが、周堤と周囲粘膜との境界が不明瞭なもの。
★4型 びまん浸潤型 著明な潰瘍形成も周堤もなく、胃壁の肥厚・硬化を特徴とし、病巣と周囲粘膜との境界が不明瞭なもの。
★5型 分類不能 上記分類に当てはまらないもの。
■■ 深達度 ■■
組織学的深達度によってT分類は決定される。
T分類はクリニカルステージを決定するのに非常に重要な因子である。
T1:癌の浸潤が粘膜(M)または粘膜下層(SM)にとどまるもの。
リンパ節転移の有無を問わず、早期胃癌といわれることが多い。
粘膜筋板から0.5mm未満をSM1、それ以降をSM2と細分化することもある。
T2:癌の浸潤が固有筋層(MP)に至るもの。
T3:癌の浸潤が漿膜下組織(SS)に至るもの。
T4a:遊離腹腔に露出しているもの(SE)。
T4b:癌の浸潤が直接他臓器まで及ぶもの(SI)。
TX:癌の浸潤の深さが不明なもの。
■■ 進行 ■■
TNM分類としてはN:リンパ節転移、H:肝転移、P:腹膜転移、CY:腹腔細胞診、M:遠隔転移がある。
N:リンパ節転移
N0:リンパ節転移を認めない
N1:領域リンパ節転移が1〜2個
N2:領域リンパ節転移が3〜6個
N3:領域リンパ節転移が7個以上
NX:リンパ節転移の程度が不明
H:肝転移
H0:肝転移を認めない。
H1:肝転移を認める。
HX:肝転移の有無が不明である。
P:腹膜転移
P0:腹膜転移を認めない。
P1:腹膜転移を認める。
PX:腹膜転移の有無が不明である。
CY:腹腔細胞診
CY0:腹腔細胞診で癌細胞を認めない。
CY1:腹腔細胞診で癌細胞を認める。
CYX:腹腔細胞診を行っていない。
M:遠隔転移
M0:肝転移、腹膜転移および腹腔細胞診陽性以外の遠隔転移を認めない。
M1:肝転移、腹膜転移および腹腔細胞診陽性以外の遠隔転移を認める。
MX:遠隔転移の有無が不明である。
【胃がんの治療】
他の癌の治療と同様に、治療方針は癌の病期によって変わってくる。
主に以下にあげられる治療を集学的に行っていく。
以下は狭義の胃癌の治療について記述。
★内視鏡治療
分化型でリンパ節転移の無い早期胃癌と診断される病変に対し、EMR・ESDといった内視鏡治療が広く行われてきている。
★手術治療
以前より、根治術として外科的手術は根幹を成しており、胃切除術+リンパ節郭清が根治術の基本である。
また、癌の進行が進んでいると術前診断がなされれば、大網・脾臓・胆嚢といった周囲他臓器合併切除を行う拡大手術が行われる。
★化学療法
胃癌に対する化学療法は、術後の補助治療や、術後再発、全身転移・周囲浸潤を生じ手術的加療による根治が困難な場合に施行される。
化学療法に用いられる薬剤の一部を下記に示す。
薬剤の投与量・タイミングの組み合わせによって様々な「レジメ」(レジメンともいう)が提唱されている。
●CDDP(シスプラチン)・カルボプラチン
●CPT-11(イリノテカン)
●パクリタキセル・ドセタキセル
●メソトレキセート
●5-FU
●UFT
など。
★分子標的治療薬
近年、開発が進んだ薬物群である。
特定の受容体・酵素を低分子化合物もしくはモノクローナル抗体がある。
上皮細胞増殖因子などの細胞の増殖シグナルの阻害や癌細胞の直接傷害により治療する。
現在、治験や研究段階にある。
●トラスツズマブ(抗HER2モノクローナル抗体製剤, 商品名: ハーセプチン)
●ベバシツマブ (抗血管内皮細胞増殖因子(VEGF)モノクローナル抗体製剤 , 商品名: アバスチン)
●ゲフィチニブ (チロシンキナーゼ阻害剤, 商品名: イレッサ)
●エベロリムス (mTOR阻害剤、ペプチジル・プロリル・シストランスイソメラーゼであるFKBPを阻害する。現在、治験が進められている)
★放射線治療
腺癌が多いため、放射線療法は多くは行われない。
術後病変に対する治療や、未承認治療法として術中照射(intraoperative radiation therapy)が手術の補助として有効かどうか研究されている。
★生物学的療法(免疫療法)
生物学的療法(免疫療法とも呼ばれる)は身体の免疫が癌細胞を攻撃するのを補助する治療法であり、他の治療法の副作用から回復させる補助としても施されることがある。
未承認治療法として他の治療法と併用して、再発癌の防止する生物学的治療法研究が医者によって進められている。
別の生物学的治療法として、化学療法中あるいは治療後に(白血球など)血球が減少した患者に、コロニー刺激因子などを投与して、血球数レベルの回復の手助けをすることがある。
ある種の生物学的治療法を受ける患者は入院が必要な場合がある。
★予後
早期に発見され治療が行われれば予後の良い癌である。
国立がんセンター中央病院胃癌グループの統計によると、5年生存率は胃癌全体で71.4%、StageIで91.2%、StageIIで80.9%、StageIIIで54.7%、StageIVでは9.4%であった。
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医薬品ができるまで(治験に関する話題)